Apfelstrudel

道の途上

2018.04.20 駅前

午前中は死んだように過ごす。普段午前中は自分の研究に費やすようにしていたが、今日は寝坊。自分が無能だと知っているならとっとと研究を諦めろ。人に迷惑をかけてきたということを知っているならとっとと人生をやめろ。自分死ね。このことで頭がいっぱいだった。

 


昼休みはミーテで前に立って話し、たまり場で新入生と自己紹介カードを書く。新入生は皆話しやすい。部の将来は少し明るいかもしれない。

 


4限にラテン語上級の授業を受ける。予習不足で落ち着きのない他の受講者に少しウンザリするが、授業内容自体は楽しいのでそれで良し。

 


1人になると再度惨めな自分を発見する。これはいよいよもう無理か。せめて懺悔でもしようか。タリーズでコーヒーを飲みながら、判断力と記憶力の鈍った頭で、昨日買ったメモパッドにこれまで犯した罪や自分の醜さ、無能さについてブチまける。何を書いているのかよくわからなくなっていく。文字もロクに追えなくなっていく。まあ今日はこれでいいか。LINEでの事務連絡を返そうとしたが、長文をほかのトークに誤送信してしまった。何をやっているのか。

 


信仰心は無い。神なき人間は惨めである、とパスカルは言った。本当に惨めだ。手を組みながら目を瞑り、祈るような所作をよくする。こうしているとそのうち心の声も静まっていく。書きなぐった文字群も少しずつ解読できるようになった。

 


何でもいいから気分転換をしたかった。書店で久しぶりに漫画を買った。前から読みたかったものだけど、帰りの電車の中で読み終わってしまった。これから家までの徒歩が長い。気分の良いうちに家に帰ってしまわないと。イヤホンを耳にねじ込んだ。が、そこで女性の歌う声が聞こえてきた。

 


普段路上ライヴの類はスルーしてしまう。少し良いなと思う音楽が聞こえても、カンパができないから、周りに人がいないから、と理由をつけてそそくさと家路を急いでしまう。今日は足を止めた。足を止めて聴く人は誰もいなかった。イヤホンを外した。僕は聴き惚れていた。

 


作詞作曲それぞれ自分で手がけたらしい。気持ち良い。癒される。こういうとき音楽の素養がないとうまく評価を与えられないのだろうな、ともどかしくなった。我を忘れるようだったが、それでいて我に帰ったような気がした。ただの偶然の出会いなのだけど、その歌は自分に向けられているような気さえしてしまった。ああ、自分のこういうところ気持ち悪いな。本当は彼女の容姿が好みなだけなんじゃないのか。さっき書きなぐったばかりだ。あんな醜さを抱えた僕がずっと居たら気持ち悪いだろう。そろそろ帰らないとな。

 


お金を置くところだと思っていた場所にはCDが置いてあった。この人の曲を聴くのは今日限りにしておこう。十分元気は貰った。「学生なのでこのくらいでお許しを」と昨日買った付箋に書いて、それを貼った千円札をCDの下に置いて去ろうとした。

 


「お兄さん、待って!」驚いて振り返ると、歌っている最中のはずなのに、彼女は僕にCDを渡した。僕はびっくりして、考える暇もなくCDを受け取ってしまった。「ありがとうございます」僕は家路に着いた。何か罪悪感のようなものを感じた。まだほとんどの人にとって知られていないアーティストのCDを貰うのは初めてだった。

 


そのCDにはデモテープが3曲入っていた。今日歌っていた他の曲は入っていないのか。どうやらまたライヴを開催するみたい。…陰ながら応援させて頂くくらいなら迷惑ではないはずだ。暖かい風が吹く。そういえばまた春が来たのだった。